1番 那智山 青岸渡寺 なちさん せいがんとじ
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| 補陀洛や 岸うつ波は 三熊野の 那智の御山に ひびく滝津瀬 |
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■主な年中行事 一月一日〜七日………………修正会 二月節分………………………豆まき大法会(本尊開扉) 三月彼岸一週間………………大法会 四月……………‥……………‥開山祭献茶法要(本尊開扉) 八月十七日……………………お盆精霊追善大法要(本尊開扉) 九月彼岸一週間………………大法会 十一月…………………………大黒天七福神大法 |
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●納経印について 本堂に参詣され、誦経または写経を納められた方に、この宝印を授けるのでありますが、現今は参詣者のうち、集印帳、おいずる、御軸持参者に押印します。梵字はキリクで本尊の種芋で貪欲、瞋恚、愚痴の三つの煩悩を周囲の火焔で焼き払い無垢な清浄心になる意であります。 |
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(開基)裸形上人 【宗派】天台宗 【本尊】如意輪観世音菩薩 |
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| 熊野信仰と観音信仰とをもつ聖地として崇められる。本堂は豊臣秀吉が再建したもの。朱塗りの三重塔は昭和47(1972)年に再建された。原生林と那智の滝との眺めが印象的。 |
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【拝観時問】本堂5:00〜16:30、三重塔8:00〜16:00 【拝観料】境内自由、三重塔200円 【所在地】和歌山県那智勝浦町那智山8 【交通】JR紀伊勝浦駅から熊野交通バス那智山神社お寺前駐車場行きで30分、終点下車、徒歩10〜15分/駐車場あり 有料道路通行料800円 |
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西国巡礼のすすめ

青岸渡寺住職 高木亮享
本日は西国第一番札所・那智山青岸渡寺によくお参りくださいました。 那智山の歴史は仁徳帝の頃、天竺僧・裸形上人が仏教を流布するため渡来し、熊野一帯を巡り那智大滝をみつけ苦修練行の暁、八寸の観音菩薩を感得し草庵を結びお祀りしたのが開山になります。
その後二百年ほどたち、推古天皇のとき奈良の生彿上人が来山して、裸形上人の話を聞いて一丈の如意輪観音を椿の霊木で刻み、八寸の観音を胎内彿に納め、勅願を仰ぎ、はじめてお堂が建立されたのであります。
長い歴史の中で役小角、弘法大師、智証大師等が参籠するなど、また、修験道の道場として信仰が高まり、「蟻の熊野詣」 といわれるほど多数の人たちで賑わい、熊野三山の本地彿、本宮は阿弥陀、新宮は薬師、那智は観音に現当二世の願いをかけられたのであります。
そうした中でも一千年前、正暦年間、第六十五代花山法皇が三年間那智大滝の上に円成寺という庵を結び修行し、満願お礼として彿眼上人を導師に性空上人、弁光僧正に案内され、近畿一円三十三観音霊場を巡礼参拝復興されたのであります。このことを世の人たちが聞かれ、観音霊場を巡拝する信仰が全国に広がり、観音さまが三十三身に化身され衆生済度する数に因んで、那智山から谷汲山まで千三百キロ、早い方で一月半、普通春彼岸から秋彼岸頃まで半年ほどかけて巡礼されるようになったのでありましょう。広大無辺の大慈大悲のお力を与えられ、三毒の煩悩から離れ、一日一日を一心に感謝・合掌のできる生き生きと不安のない生活を送るために、巡礼が素晴らしいと老若男女を問わず多くの人からいわれ、自分の心身の「行」として、また、浄化反省する機会になったと存じます。
現在は暖衣飽食の時代といわれます。自分が家族が社会全体が精神文化を求めて観音霊場の巡拝をおすすめして、自然の中に歴史文化を求め、いままで気がつかなかった心の眼を開いて観音さまの御子として、人のため、世のために積徳を施して下さることを念願しております。
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